よく学生さんから、専門商社と総合商社の違いや、それぞれを比較した質問を受けます。多くの場合、かなり誤解されている様ですので、ここで正しい認識を持っていいただく為に、以下ポイントについて解説していこうと思います。 ■ 総合商社の実態は【専門商社の集合体】 ■ 「総合商社の競合は総合商社、専門商社の競合は専門商社」とは限らない ■ 「総合商社=事業投資、専門商社=トレード」はミスリード。 ■ 総合商社と専門商社でのキャリアの違いとは ①総合商社の実態は【専門商社の集合体】そもそもの話になりますが、総合商社とよばれる「業界」は存在している様で、存在していません。日本では一般的に「五大総合商社」(三菱、三井、住友、伊藤忠、丸紅)、「七大総合商社」(「五大」+豊田通商、双日)という呼び方があります。これは世の中ではこれらに属する企業を「総合商社」と呼んでいるわけですね。ここでポイントは、「総合商社」という言い方は、あくまで歴史的な経緯も含めて生まれてきた慣習的な呼び名である、という事です。言わずもがなですが、この「総合商社」と呼ばれる企業は元から「総合商社」だったわけではありません。いずれの企業も、創業当初は特定の事業に特化していた歴史があります(創業最初は資金力も実績も無いので、いきなり手広くやれるわけもなく、まあ当然ですね)。 三菱…海運事業(坂本龍馬の海援隊が起源) 三井…各種貿易(日本初の総合商社という定説有り) 伊藤忠、丸紅…繊維問屋(起源は同じ、伊藤忠兵衛という近江商人) 住友…不動産業 後にいずれの会社も統廃合や分離と合流を繰り返す中で、様々な事業に展開していった結果、現在に至っています。wikipediaによれば、「総合商社」という単語は1950年代頃から使われるようになったそうですが、今まで総合商社が現在の事業展開に至るまでの経緯で扱う商材やサービスを増やしたり、新たなビジネスモデルを始めたりする中で「総合商社」という概念が誕生したという事です。「総合」という言葉通り、様々な商材やサービスを扱う商社の事ですが、様々な事業展開を行っている業態の会社は、オリックス(リース業を中心に、金融業、不動産業など幅広く事業展開している)など、他にも存在します。オリックスも「総合商社」に似たような一面を持っていると言われながらも、一般的には「総合商社」というカテゴリには分類されていませんね。要は総合商社は厳密には特定の明確なこれ、という業態を指すものではないという事です。「総合商社」という定義は曖昧なのです。 私が認識している範囲では、基本的には総合商社の組織は、商材・サービスの種類や事業分野などによってそれぞれ「カンパニー」「本部」等の組織に分かれてるのが一般的です(下図参照)。そして、重要なのは、基本的にはそれぞれの「カンパニー」「本部」が多くの場合、独立して特定分野のビジネスを行っており、それぞれのカンパニーが一つの専門商社として機能している、という実態があります。これは「総合商社」が多くのビジネスを横展開してきた結果として、横に組織が広がった結果、結果的には縦割りの組織構造になっているという事です。実際に社員に話を聞いて頂ければ分かると思いますが、例えば繊維部門の社員が金属部門の社員の仕事内容を把握しているかというと、ほとんど知りません。他部門でどのようなビジネスモデルを展開しているかすら知らない事も少なくありません。それほどに、各分野でのビジネス展開や見える世界は変わってきます。イメージとしては、同じ社名を掲げた専門商社の集合体、というのに近いかもしれません。 ちなみに「専門商社」という用語は「総合商社」と対比する文脈で生まれた言葉ですが、文字面から読み解けば、特定の商材や事業分野でビジネスを行う商社の事ですが、「総合商社」との対比で使われるときには、「総合商社」ではない全ての商社を指しているケースが殆どかと思います。ただし、実際には非「総合商社」の中でも、多角的に事業展開している商社も存在しています。かつては「総合商社」にその名を連ね、現在は食品や半導体事業を主とする兼松や、鉄鋼事業や食品事業などを展開する阪和興業などは実際には、「専門」という言葉通りに一つの事業に特化しているわけではありませんので、その意味で「"総合商社"的一面」を持っている事は確かです。したがって、一言で「総合商社」「専門商社」と言っても、その区別は曖昧で、その中身には色々な形があるため、「総合商社」「専門商社」と区別して考察・業界分析する上ではその点は注意が必要です。 ②「総合商社の競合は総合商社、専門商社の競合は専門商社」とは限らない実際に就職活動では「総合商社」「専門商社」について調べる時には、競合と比較してどうか、という観点で会社を見る事があると思います。ここでとくありがちな誤解が、あくまで総合商社の競合=総合商社、専門商社の競合=専門商社、という枠組みで業界を見てしまう事です。実際に商社の仕事の現場では、専門商社の競合が総合商社になる事もあり、総合商社の競合が総合商社になる事もあります。分かりやすくイメージして頂くために、以下の図を使って解説していきます。 例えば「〇〇ファッション」という会社はここでは繊維の老舗の専門商社とします。また「〇〇物産」「〇〇商事」は繊維を含む様々な事業を手掛ける総合商社とします。緑の矢印(→)が取引関係を表します。ここでは「〇〇服飾」に〇〇ファッション、〇〇物産、〇〇商事の三社がアパレル製品を卸しています。この時、〇〇物産の繊維部門の社員にとっては、〇〇ファッションという専門商社と、〇〇商事という総合商社(の繊維部門)が競合になっており、ビジネスを行うフィールドは「総合商社業界」ではなく、「繊維(商社)業界」になります。 同じく他部門でも同様の事が起きえます。「〇〇食品」には食品専門商社である〇〇貿易と、総合商社である〇〇物産、〇〇商事の三社が食品を卸しています。ここでのビジネスフィールドは「食品(商社)業界」ですね。 この様に、総合商社はミクロで見れば専門商社として機能しているが故に、部門単位では総合・専門に関わらず様々な会社がライバル関係となり、総合商社に入社してどこか一つの営業本部やカンパニーに配属され、実際に営業で働く立場になった時の業界に対する目線というのは、その部門や分野によって異なってくるという事です。総合商社とは言えども、一社員が複数のカンパニーや本部に跨って仕事をするわけではなく、結局はどこかしらの分野のプロとなるという点に要注意です。言い換えれば、分野の違う様々なプロの集団であるという事ですね。 ③「総合商社=事業投資、専門商社=トレード」はミスリード私が学生さんと会話する中で、総合商社は事業投資主体、専門商社はトレード主体、という理解をされている方がいます。これはある意味合っているのですが、その本当の意味を理解しなければ実態を誤解しかねず、ミスリードに繋がる恐れがあります。ここで、そもそも事業投資とトレードの関係も含めて解説していきます。 前提として、現在多くの商社は総合・専門に関わらず「トレード×事業投資」の両輪で事業を展開しています。商社の元の本業はモノの流通、つまりトレードです。トレードとは、国内外からモノを仕入れて、国内外に納めるという仕事です。安く仕入れて高く売る、そのマージンが商社の収益源となります。過去、商社のトレード事業は1990年代にバブルが崩壊し、「商社冬の時代」と言われた時代に苦境を迎えました。景気悪化により需要が低下し、世界のモノの流れが滞ると、トレードのマージンで食べて行く=トレード商売ありきの商社にとっては苦しくなります。ましてや不景気でどの取引先もコスト環境が厳しくなると、商社を通じてモノの調達や販売を行っている大手のメーカ―などは、仲介を行っている商社を省いて自社で流通管理を行っていこうという風潮が生まれました。実際には商社も取引実績やノウハウを有している分、商社に流通を任せる事でコストメリットを期待できるという点は事実であるため、「商社外し」が必ずしもトータルコスト削減に貢献するかは別ですが、いずれにしても商社の機能が問いただされる時代になりました。 当然商社サイドとしては、自社の機能を強化する事で商圏の維持に努めました。その流れで拡大したのが、いわゆる「事業投資」です。仲介取引に徹するのではなく、従来のトレードビジネスにおける川上/川下分野に位置する会社を買収・出資する事により、調達力・販売力などを補強して、自社のポジションや機能を拡充していきました。但しこれは自社のトレード事業以外の収益源として事業投資を収益源として強化する事を主眼においたもので、あくまで完全にトレードから脱却する事を意味するものではありませんでした(但し、当時収益力を失っていたトレード事業は本体から切り離すなども実際に起こりました。鉄鋼製品事業は当時「鉄冷え」と言われるほどに収益力を失い、伊藤忠商事と丸紅の鉄鋼部門が統合し伊藤忠丸紅鉄鋼が誕生した事や、同様に三菱商事と双日が部門統合しメタルワンが誕生するなどの業界再編が起こったのもこの時期です。その後鉄鋼市況の回復により、その二社は業績を大きく伸ばし統合が功を奏した結果となります)。 2000年代に入ると、中国をはじめとする新興国の急成長に伴う世界経済の成長とグローバル化に伴い、商社の得意とするトレードも盛んになり、また順調な経済成長が資源価格の高騰をもたらしたことで、各総合商社は資源分野への積極的な事業投資(鉱山や油田などの権益を買ったり、新しく開発するなど)を行い莫大な収益を得ました。そして各総合商社にとって資源ビジネスは会社全体に占める収益の金額も大きい事から、総合商社にとって事業投資、中でも資源ビジネスがより大きな収益源となっていきました。一方で2016年頃には資源価格が暴落し、資源ビジネスのバランスが重かった商社は多額の特損を計上し、三菱・三井創業初の赤字を経験、以後、総合商社各社からは「資源偏重」を見直す方針やビジネスポートフォリオの管理方針(簡単に言えば、会社全体としてどこかの分野に偏重する事なくバランスよくビジネスをやっていきます、という事)が打ち出されました。 先程述べた資源分野への事業投資については、商社のあらゆる事業分野の中でも多額の投資を伴う分、豊富な資金力や盤石な財務体力が求められ、そういった条件面では総合商社ならではのビジネスと言えますが、事業投資そのものは当然ながら資源分野に限った話でも、総合商社に限った話でもなく、やはり機能の強化のために他分野や、専門商社においても活発に行われました。が、事実として資源ビジネスほどの莫大の収益を生み出すのは難しく、新聞などでも大きく取り上げられることは少ない為あまり目立ちづらい、という点はあります。 まとめると、総合・専門問わず商社はトレード×事業投資の両輪で稼いでいるものの、会社規模も財務体力もある総合商社の方が当然ながら投資件数は多くなる傾向あり。特に資源については投資規模が大きくなるため、会社全体で見た時の事業投資比率は高くなる、という事です。 ④ 総合商社と専門商社のキャリアの違いとはここまで、総合商社と専門商社の「会社としての」違いについて説明してきましたが、次に実際に入社した際の働き方やキャリアの違いについて説明しようと思います。ポイントとしては【配属リスク】【ジョブローテーション】【業務内容】の三点について説明します。 【配属リスク】 既に説明したように、総合商社とは言っても実際には商材・サービスの異なる部門の集合体であり、実際に入社した際には、営業であればそれらのどこかの部門に配属される事となります。当然ながら様々部署がありますから、そこでの担当業務は多種多様であり、実際にどのような業務に就く事になるかは配属先が決まるまでは読めません。エネルギー関連を志望していたが実際には食品部門に配属され、ひたすら乳製品の輸入取引に携わる事になる、なんてことは総合商社ではよく聞く話で、これが配属リスクと言われるものです。(だからこそ、総合商社を志望される方にはいろいろな部門の社員に会って話を聞かれる事をお勧めします) これに関して、2021年度新卒採用では実施が見送られるそうですが、伊藤忠では「先決め採用」という採用制度が元々ありました。これは応募する時点で、志望先のカンパニーを選択する事ができる、というものです。特定の〇〇の事業に携わりたい、という思いのある人向けに設けられた制度で、面接の時点から志望先の部門の社員が対応して評価を決めます。但し当然ながら、特定の部門に限定した応募となる為、これで不採用と判断されてしまうと、もし仮に他の部門では採用の可能性があったとしてもその道は閉ざされる事になりますので、入社後の配属先へのこだわりが無かったり、自分自身の各部門との適性に自信が無い人に適した選択ではありません。(参考:unistyle『伊藤忠商事、先決め採用のススメ』) 一方で、専門商社は、その中でも色々な部門があるとはいえども、商材やサービスは限定されるため、入社後の業務は比較的イメージし易いという点があり、専門商社は業務内容に関して入社前とのギャップが生じるリスクは低いと言えます。(但し繰り返しになりますが、専門商社とはいえども色々な部署があり、働き方や部署の雰囲気が変わってくる可能性はあるので、リスク「ゼロ」とはいきませんのでご留意を。) 【ジョブローテーション】 既に総合商社の配属リスクの話をしましたが、総合商社の場合、カンパニーや本部を跨いでの異動、つまり全く商材を扱うことになるケースはそう多くありません。「背番号制」と呼ばれますが、基本的には入社した本部(畑)の中でキャリアを歩んでいく、というのがベースの考え方になります。本部によって事業や取引の世界は全く異なるため、折角身に付けた知識や経験が活かしづらくなる=会社にとっても機会損失が発生するため、会社からすれば全く異なる所にいきなり放り込むという事はあまり合理的ではない為です。但し一方では幅広く経験させることによって育てるという考えや、社員のモチベーション維持(必ずしもモチベーションの維持に繋がるかは不明ですが)という目的もあり、近年では総合商社においても本部を跨いで異動するという例も見られます(個人的には三井物産がそういったキャリア開発に積極的な印象です)。 基本的には専門商社の場合でも同様の考え方は存在していますが、商材が限定されており部門が違っても商習慣も凡そは似てくる事から、その中での異動は総合商社の本部に比べると難しくなく、多くなります。ただこの違いは総合商社と専門商社では組織規模が違うだけという見方もあり、総合商社も背番号制ではありながらも結局は本部内での異動はあるわけで、専門商社では総合商社でいう「本部」が一つだけでその中で異動が起こると考えれば、総合商社であれ専門商社であれ結局は人事異動の「距離感」は似てくるというのも事実です。ちなみに専門商社でも総合商社系の場合は、会社によっては、相互人材交流という名目で総合商社の他営業部門への出向の例もあると聞きます(伊藤忠商事と丸紅が50%ずつ出資する伊藤忠丸紅鉄鋼では、伊藤忠・丸紅への出向事例があるそうです)ので、他商材を経験できるチャンスも無くはないかもしれません。 またこれは入社してから長らく勤めて中堅、昇進を経て管理職になっていった際の話にはなりますが、総合商社ではご想像の通り組織が大きいですので、ポジションも縦に多く存在し、天井が高いということもあります。課長から部長、本部長、その先は全体を統括する役員と、時間は掛かるかもしれませんが高い天井までのし上がっていける可能性はあります。専門商社では、これも規模感の違いですが、昇進のスピードはあまり変わらないかもしれませんが、あくまでどこまで行っても特定の商材しか扱っていませんので、異なる商材を扱う部門を跨いで統括するという機会はありませんね。 【業務内容】 総合商社と専門商社の業務内容の違いについては、当然ながら部署次第、会社次第によって様々であり、細かく見て行くとキリがありませんので、ここでは大まかな業務の種類という意味でイメージを持っていただけたらと思います。 上の項目で既に説明した通り、基本的には総合商社であれ専門商社であれ、会社としてはトレードも事業投資も行っており、どちらかにしかない業務というのは正直ありません。強いて言うならトレードにしても総合商社の方が規模感(ロット)が大きい案件は比較的多い、という所かと思います。が、会社の業務全体の比較として、トレードや事業投資の数や規模が大きい総合商社の方が、営業の統括の仕事や、事業投資先の管理に関する業務の量は増えます。例えば投融資関連の稟議書であったり、株主総会の資料作成であったり、営業部署から上がってくるデータの取りまとめであったり、やはり関連会社が増えると管理するデスクワークもそれだけ多く必要になってきます。つまり、実際の営業マンとして客先や取引先と会話や商談をするというよりも、社内の事務的な業務に触れる機会が増えます(その結果なのか、総合商社の社員はエクセルができる人が非常に多いです)。ので、総合商社の業務は商社の「商売」くささを経験したい人にとってはチャンスが狭まる可能性があります。 一方で専門商社では、事業投資もしていれば上記の様な管理業務も当然ながらありますが、管理業務というよりも営業的な業務の割合が多い為、商社の本業であるトレード、または「商売」を経験する機会は多いという事になります。但しその規模については、総合商社よりも細かい案件が増える傾向にあり、より商社の「現場感」「泥臭さ」が強まりますので、専門商社の業務は泥臭さを嫌う方にとっては向いていないかもしれません。 ここまで、総合商社と専門商社の違いについて解説を行ってきました。今回は、私が多くの就活生の学生さんと会話してきた経験から、多くの学生さんが意外に見落としているのではないか?という点に敢えてフォーカスを当ててますので、何か気付きのきっかけになればと思います。 以上です。 SU
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